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鮫島さんちの冬彦さん

模索し続けて発見した「同居しながら自立する方法」と「マザコン親子の取り扱いマニュアル」をシェアしちゃうブログ です

境界線

(博物館からのつづき)

会うとすごく優しくていい人。でもなぜかジワジワと蝕ばんでくるような気がする人たちとキッパリと境界線を引いた。

 とくに一番、私が傷ついてきたのは、すぐに姿をくらましてしまう人だ。子どもの頃、思い通りに行かないと机の下にもぐってすねてしまう子どもがいるけれど、それを大人になっても延々とやり続けているような人。

そういう人は何かあるとプツンと連絡を絶ってしまう。メールやSNS、電話まで。まるで机の下に隠れてしまうように自分の存在を薄めて注目を煽ろうとするのだ。

LINEをやっていても何ヶ月も既読スルーが当たり前。だけど興味がある内容なら速攻で返信が来る。読んでるんじゃん(ムカッ)でも会うとすこぶる「いい人」だから、なんだか煙に巻かれて、継続してきた。

イネイブラーの私は、何度期待を裏切られても、無視されても、強いふりをし、求められてもいないのにフォローを投げかけ、愛情で包み込もうとしていた(汗)

やっと気づいたが、客観的にみるとかなりイカレてる。私が偽善をすればするほど、相手はやるせない気持ちになっただろう。もし私がその人の立場だったなら当てつけられているように感じ、無力感を感じて憎しみや反発を募らせると思う。

私は劣等感から、女神さまのような人格者になろうとしていた。ナルシスト的なうぬぼれ行為を延々とやりつづけていた。

そのお節介は相手を刺激し、敵意を生じさせ、受動的攻撃を受けて私も相手に敵意を生じさせていた。

もしもっと早く境界線が引けていたなら、「これは、この人の問題」と簡単に解決することができただろう。

言葉にして向き合うこともできるのに、都合が悪くなると姿を隠すことで逃げることを選んでいるのは、その人の責任。ただそれだけのことだった。

私にはまったく関係ないこと。

 逃げることは、悪いことではないし自由だ。

その一方、そんな関係性には居心地の悪さを感じ、深く傷ついてしまう私は、その人との関係性からスタコラサッサと逃げ出すというのが自由だったのだ。

 

何よりその人とストロークを重ねれば重ねるだけ敵意が増えてゆくのだから、一刻も早く蝕む関係を断ち切ってゆくことが私にとっての正解だと思う。

 

ということで、スパンと線を引いた。

 

 心に青空が広がった。

その空をみながら気づいた。

 

私自身が、自分自身をずっと安売りし、粗末に扱われるのをゆるし、人が嫌がることを率先して引き受け全責任をとり、過剰なサービスを提供し続けていたから、私の周りは、だんだんそれが当たり前になっていったのだと思う。

 

だけど、その与えてきたものは、私にとっては考え得る限りの最高の宝物だったのだ。

生まれてきてからずっと欲しくて欲しくてたまらなかったもの。喉から手が出るほど欲しかったものたち。誰も与えてくれなかったその宝物を、必死で他者に与え続けてきたんだと思う。

 

自分が一番必要なものだったんだ。

そして実は自分はすでに持っていたんだ。

 

これからは、自分自身に与えてあげようと思う(笑)