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鮫島さんちの冬彦さん

模索し続けて発見した「同居しながら自立する方法」と「マザコン親子の取り扱いマニュアル」をシェアしちゃうブログ です

子離れ

  30近い長女から、ある映画の、DVDをみるようにと何度も催促されていたが、「狼と人間のハイブリッドの話?興味ないよ」と渋っていた。珍しく娘はしつこく食い下がってくる。

いつもひどくクールな彼女が「あのね、私たちが東北にいたときの生活とすごく似ている気がするんだ」「特に、狼の子どもの兄弟が私と弟とダブってしようがない」と熱く語られると、すこしばかり興味がわき

 「今まで見た中で一番すごい映画だと思う。私が今まで映画を勧めることなんてなかったでしょ」

 とトドメを刺されて、仕方なくみることにした。

 きれいな アニメ作品だった。

 2~3分みていたが、狼人間が出てきてテンションが下がった。「やっぱりあかんわ」と電源を切って寝てしまった。

 娘にまたプッシュされ、数日後再度挑戦する。

 

 で、結果は

 すごかった。

 涙が止まらなかった。バケツ何杯あっても足りないぐらい泣いた。

映画見て泣くことなんてほとんどなかったのに、

ハートから愛があふれてとまらない

そんな映画だった。

 

娘が言うように、昔母子家庭だったときの私たちとよく似ていた。

DVを受けて弁護士介入で見ず知らずの遠くの土地で身を隠していたあの頃。環境も立場も、そして物語の中のこどもたちも、娘の言うとおり当時の娘と息子とそっくりだった。

 見つかるのを恐れて、私たちは住民票を取らず偽名で暮らしていた。PTSDを抱えながら幼稚園児と小学一年生の子どもを育てていた。そう聞くと悲劇に聞こえるが隠れ住んだ土地での生活は、貧しいながらも幸せでキラキラと光り輝いていた。子どもたちの純粋さやひたむきさに支えられ私たちは心から満ち足りて生きていた。

 

話を映画に戻そう

この映画を見て感動もしたがひどく悲しくなった。当時、自分の悩みで頭がいっぱいで、子どもたちの苦しみやニーズに答えてあげられていなかった自分を責めて、改めて大泣きした。私はこれほどまでに「何にもしてあげていない」自分をずっと攻め抜いてきたことは薄々気づいていたが、これほどだったとは知らなかった。

 映画のクライマックスで、母親が自立してゆく息子と別れるシーンに、一番心を揺さぶられた。

 「おかあさん。まだあなたに何もしてあげていない!」と泣きながら訴える母親の言葉と自分の気持ちが重なってしまった。

 

物語の中では息子はまだ10歳という若さだから仕方なくもない。でも狼の世界では立派な大人の息子だ。だのに、母親はボロボロになりながらも自分の身などかまわず、必死で後を追い続ける。

その姿と自分が嫌というほどダブって、心がザワザワした。

 そのシーンを娘は「過保護だ」と言い捨てる。

その言葉も、私をひどくざわつかせた。

 

健康体で元気な娘は、虚弱で物静かな弟にいつも焼きもちを焼いていたから、そうみえるのだろうと自分に言い聞かせたりもしたが、自分を騙すことは出来なかった。

とにかく、こどもたちが

愛おしく、申し訳なく、そしてなぜだか、かわいそうでしかたがなかった

このかわいそうで仕方がないというのが、自分でも理解できなかったが、その感情に突き動かされ、時間をさかのぼってでも、償おうとしている自分がいた。

もう二十歳を超え三十に向かっている立派な大人の子どもに、私はそんなことをずっと感じてきたのだ。

 

そして、博物館で自分が張り裂けたあと

しらふになった。

 

私の中では、自分の子どもが、この映画の中のいたいけな瞳の天使のように見えていたが

 f:id:glass-berry:20170514144709p:plain

http://www.ookamikodomo.jp/index.html

 

しらふになってしまうと

目の前には、無精ひげのスネ毛男と、たくましさをさらに増し、守ってあげる要素などどこにもなさそうな娘がいた。

 

彼らはとうに社会人で、自分で稼ぎ、私より金持ちで、悠々自適に暮らしているおじさんとおばさんに立派に成長していたのだった。

 

私が守って欲しいぐらいだ(笑)

やっと私の中で「子育て終了」というチャイムが鳴り響いた。

 

遅~~~~~っ!!

 

娘のいうとおりだ。

私は過保護だったのだ。子離れ出来ていなかった。

 

彼らが成人してもなお、私が感じ続けていた

かわいそうでしかたがない、も

見捨てられない、も

放っておけない、も

自分の投影だったのかもしれない

 

私こそがさみしくて、見捨てられたくなかった

自分がして欲しいことを他者に一生懸命やっていただけだった

 

小さな声に耳を傾けてあげられなかったね。

でもそれもいいんじゃないかと思う。

私は精一杯やれるだけのことをやってきて、ハナマルだと思う。

よくやってきたよね。もう充分だよね。

自分で自分を祝福し、抱きしめた。